金大中氏救出運動と韓統連

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 連載   金大中氏救出運動と韓統連

 

民族時報 第862号(98.9.11)から第881号(99. 4.21)まで連載された記事(全14回)を 今再び掲載するのは韓統連に対する誹謗中傷がマスメディアを通じ行われ、我々の運動を 歪曲宣伝する行為が行われているためです。 過去に掲載した内容をご覧のうえで韓統連の運動、どのような団体かを知っていただきたい。

 

反独裁民主化運動の先駆け 結成後に金大中氏救出運動へ

   在日韓国民主統一連合(韓統連)の前身は、一九七三年八月に結成された韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)である。韓民統の結成は在日民主人士と金大中氏との合意によるものだが、組織基盤は民団民主化闘争にさかのぼる。

 民団御用化を進めてきた朴正煕政権は、一九七一年に「録音事件」をでっち上げて民主人士に対する弾圧を強化した。そして韓国中央情報部(KCIA)と反動的な民団執行部は民団内の民主的本部を直轄し、韓青組織などの認定を取り消し、中央や地方の民主人士、青年学生らに対して除名や停権処分を乱発した。民団内民主勢力はこのような弾圧に屈せず、「民族統一協議会」を結成して統一運動を進めた。

 一人永久独裁をもくろんだ朴正煕は、維新クーデターを行った。そのときちょうど日本に滞在していた金大中氏は朴正煕政権に反対する声明を発表し、在日同胞らを基盤に反対運動を展開すると決意した。金大中氏と志を同じくした在日民主勢力は、韓民統の結成に合意した。

 韓民統の結成を準備している最中の八月八日、金大中氏がKCIAによって拉(ら)致された。在日民主勢力は金大中氏の生命の危機を直感して「金大中先生救出対策委員会」を結成し、救出運動に全力を尽くした。

   在日民主勢力は金大中氏との合意のとおり、八月十三日に韓民統を結成し、十五日に宣布大会を行った。そして初代議長に金大中氏を推戴し、民団中央本部団長を八期つとめ、第七代、第八代新民党国会議員を歴任した金載華氏が議長代行に就任した。

 韓民統の発足によって、在日同胞は民団内の極限的、分散的な運動を止揚し、明確な目的意識をもった民主愛国力量として反独裁民主化運動を展開するようになった。在日同胞運動の画期的な転換であり、発展であった。

 また歴史的にみれば、「十月維新」後に維新体制に正面から反対する合法的組織として誕生し、抑圧された韓国民衆の反維新民主化運動の開始を内外に宣言した最初の組織である。韓民統結成は韓国民衆の反独裁民主化闘争に新しい章を開いた意義深いものであった。

 韓民統の反独裁民主化運動は、金大中氏救出運動から始まった。この運動は、毎月のように在日同胞独自の集会とデモ、日本政府への申し入れ、日本の市民団体との救出集会など、考えうるすべての方法を駆使して展開し、金大中氏の生命を救った。

 また全斗煥軍部勢力が「光州民衆ほう起」を背後操縦したとして金大中氏らを内乱陰謀罪で拘束した後は、翌年一月二十三日の第三審死刑判決までの約八か月間、死にものぐるいで「第二次」救出運動を行った。

 韓民統の反独裁民主化闘争は、その年の十月二日にソウル大生らの反維新独裁闘争を呼び起こすとともに、「百万人署名請願運動」支持、「民主救国宣言」支持と「百万人署名運動」の展開、「民主救国憲章」支持と「署名推進本部」の結成など、国内闘争を全面支持・賛同し連携して展開した。そして、大統領緊急措置などによる弾圧に対しては強力な反対運動を進めた。

 また「人民革命党事件」などで拘束された民主人士の釈放と、百人を超えた在日同胞政治犯救援運動を大々的に展開し、在日同胞政治犯については一人の死刑執行も許すことなく全員の釈放、帰日をかち取った。

 韓民統は、労働者の権利保障を求めて焼身自殺した全泰一氏の生涯と、彼のオモニ・李小仙氏の闘争を記録した評伝を日本で出版するとともに、映像化して各地で上映運動を進め、韓日労働者連帯の新しい歴史をつくった。

 朴正煕暗殺後に軍部の実権を握り、戒厳令全国拡大(五・一七クーデター)で政権を強奪した全斗煥一派は、民主化を要求する光州市民に空挺(てい)部隊を投入して大虐殺した。韓民統はこの蛮行をいち早く暴露・糾弾し、「韓国民主化支援緊急世界大会」を開いて国際世論を喚起した。

 韓民統は、全斗煥一派が米国の支援のもとに光州市民大虐殺を行ったことに対して、自主・平和・民族大団結による統一と反米自主化を強く主張した。また韓日会談以降の韓日癒着を具体例を挙げながら批判した。

 米国が対北戦争策動を強化しながらチーム・スピリット軍事演習を毎年繰り返したことに反対して反戦・反核・平和運動を行うとともに、朴正煕軍事政権反対と金大中氏救出を求めて社会主義インター(SI)との連携を強化するなど国際的な連帯活動を行った。そして、これら一連の活動は日本の良心的な人士や市民団体、労働組合との韓日連帯のもとで展開され、日本の世論が韓国問題に目を向ける大きな運動に発展させた。

 韓民統の活動は海外同胞を鼓舞し、一九七七年八月に東京で海外同胞運動では初の「海外韓国人民主運動代表者会議」をもち、「民主民族統一海外韓国人連合」を結成して統一的な運動を進めるなど、内外の運動を大きく前進させた。 韓民統は一九八○年三月、「ソウルの春」を迎えるなかで、それまで議長に推戴していた金大中氏に代わって金載華氏を議長に迎えた。

 

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