民族時報 第1117号(07.07.15)


【インタビュー】変革的女性運動の道/在日の特殊性からも

    在日韓国民主女性会の金知栄会長に聞く

 李ミヘ(反米女性会会長)

 韓国の「反米女性会」が発刊するウエッブジン(インターネットのニュースレター)第十五号(六月二十三日付)は、同会のイ・ミへ会長による金知栄・在日韓国民主女性会(民主女性会)会長への「挑戦インタビュー」を掲載した。要約して紹介する。

 金知栄会長が日本で生活を始めたのは、日本で暮らしていた故宋寅鎬先生(一九九七年逝去)に出会い、結婚したからだ。初対面のとき、「この人と結婚しなければ」と決心。十四歳の年齢差があった花婿候補を受け入れなかった両親を説き伏せた。

 結婚して日本へ出発しながら、「したい勉強をして四、五年したら戻ってこよう」と考えていた。しかし、日本での暮らしは三十年をこえてしまった。祖国は彼女の訪問を拒否した。六・一五共同宣言が発表され、還暦を迎える歳になって、やっと故郷の土を踏むことができた。

 日本に暮らして四年目の一九七四年、朴正煕軍事独裁政権は「民青学連事件」という政府転覆組織事件をでっち上げた。それは在日同胞にまで魔手を伸ばし、「在日韓国人スパイ団事件」が発表され、夫の親友である崔哲教先生が拘束され、三か月後に死刑判決を受けた。

 このときから金会長夫妻は友人の救援運動に明け暮れた。夫は十余年に渡る救援運動を、単純な救援運動ではなく、自主・民主・統一運動の一環として展開し、その過程で韓統連を知ることになった。彼は一九八〇年ごろ韓統連の機関紙「民族時報」の主筆となり、金会長もまた「民族時報」の編集にたずさわった。

 そうしたなかで光州民主化運動を目撃し、「わたしにできることは何か」を考えに考え、夫を支援するわたしではなく、わたし自身が「闘士」になろうと、韓統連活動に積極的に参加し、在日韓国民主女性会(民主女性会)の結成に参与した。

 金会長は、韓国政府の棄民政策と日本政府の差別・同化政策のはざまで苦悶する在日同胞問題の根源は、祖国の分断を固定化している外勢・米国と韓国の独裁政権にあると考えた。そして、民族差別と抑圧、これに伴い派生する女性問題の解決を模索し、韓国の民主化と祖国の統一のための女性組織が必要だという結論にいたる。つまり、変革的女性組織の建設だ。

 八〇年代の韓国女性運動が、民族・民主・民衆とともにする女性運動を掲げ、女性差別のない平等な社会建設が民主化・統一運動に直結するという認識のもとに活動を展開していることに、深い感銘を受けた。

 在日同胞社会の要求と韓国社会運動の経験に学び一九八六年十一月、民主女性会は誕生した。民主女性会には二十代から七十代までの会員が集い、東京本部、大阪本部、東海本部で、実情にあわせて定例会を開き、在日同胞女性の人権、民族的アイデンティティ確立のための民族教育、日本軍「慰安婦」問題、反戦平和の運動を展開している。

 金会長がいま最も注目しているのは、朝米および朝日関係の関係正常化問題だ。これを実現するためには在日同胞の和合が実現されなければならない。ところが日本政府は、絶えず北朝鮮の拉致問題を口実に、対北強硬路線で一貫している。日本のマスコミも北朝鮮に対して否定的な報道に終始している。民主女性会は、日本社会の対北認識を転換するためのキャンペーンなどを行っている。

 また日本軍「慰安婦」問題に関する正しい世論を形成するため、挺身隊問題対策協議会ニュースを日本語に翻訳して配布することも行っている。

 民主女性会は女性組織だが、女性問題よりも韓国の民主化と祖国の統一に力点をおいて活動してきたし、いまでもそうだ。これは在日韓国人女性にとって、民族矛盾が最も先鋭だという現実に基づいている。

 今後より深刻な課題は、世代が在日三世から四世へと移行しながら、ますます希薄になるほかない民族的アイデンティティをどのように守り育てるか、ということだ。金会長は、孫を民族学校に行かせながら、子どもたちを民族の一員として、祖国を誇り愛するように育てていくことが、どれほど重要で幸せなことかを実感している。

 南北海外の同胞女性が自由に交流し協力できる六・一五時代には、それに見合った女性運動の連帯が必要だ。統一の時代に見合う女性運動、新自由主義グローバリズムに対抗する変革的女性運動を展開しなければならない韓国の女性活動家らにとって、民主女性会の金会長はイバラの道を切り開いてきた先輩であり、新たな女性運動をともにつくっていく同志だ。情熱をもって、ともに前進していくことを確信している。


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