民族時報 第824号(97.7.1)

 

寄稿

 

北朝鮮に直ちに人道援助を

 

吉田康彦(埼玉大学教授)

 

 国連が現在、各国に対して呼びかけているのは、二年連続して大水害に見舞われた北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への期限付きの緊急人道援助である。

 国連の緊急人道支援には明確な定義がある。天災、人災を問わず、人民の生命が危殆(きたい)に瀕し、危機にさらされた場合、当該国の政府の要請にこたえて関連機関が現地を調査し、そのうえで何をどの程度、いつまで援助すべきかを計算して、国際社会に呼びかけるのである。国家の形態や政権の性格は無関係だ。

 北朝鮮の場合も、一九九五年九月の大水害発生の後、北朝鮮当局の要請にこたえて、WFP(世界食糧計画)とFAO(国連食糧農業機関)の専門家が現地を二週間にわたって調査し、同年末までの緊急援助として一千五百万ドルの拠出を呼びかけたのである。これが第一次アピールで、日本政府も五十万ドル拠出している。

 この年の北朝鮮の穀物生産は、平年の半分以下の三百四十五万トンにとどまり、備蓄も流出し、壊滅的打撃を受けた。事態は予想以上に深刻なことが判明し、緊急援助も目標額達成に至らなかったため、九六年六月、さらに向こう一年分として四千三百六十万ドルの第二次アピールが出された。日本は六百万ドル拠出した。

 その直後に二年続きの大水害が発生、今年二月、WFP単独で九千五百万ドル、さらに四月、国連機関全体として一億二千六百万ドルの第三次緊急支援の呼びかけとなったもので、これも向こう一年間の援助分で、食糧二十万トンの調達資金のほか、医薬品、肥料購入、農地改革のための技術協力の人件費などが含まれている。

 北朝鮮政府当局による食糧確保と農業生産回復のための自助努力、被災地の住民への優先的配分、国際機関自身による配給の監視(モニタリング)なども、当然、援助に際しての条件となっており、北朝鮮側はこれを全面的に受け入れ、協力しているのである。

 この第三次アピールに対し、日本政府は拠出を拒んできた。理由は、@北朝鮮はテロ国家であり、新潟の少女ら致事件をはじめ、七件十人のら致にかかわっているとみられるA北に帰還した朝鮮人と結婚した日本人妻千八百人の一時帰国を認めていないB九州でだ捕された北朝鮮船籍の船から大量の麻薬が発見された、などで、とくに第一点が決定的理由になっている。

 しかし、これは筋違いで、ら致疑惑は二十年前の「事件」であり、必要とあれば二国間で解決すべき問題である。そのために、中断状態にあるとはいえ、日朝国交正常化交渉があるのだ。わけても、横田めぐみさんという新潟の十三歳の少女の失そう事件は、韓国に亡命した北の工作員がピョンヤンで聞いたという伝聞に基づくものであり、しかもその亡命工作員が特定されておらず、韓国安企部の情報操作に躍らされたというのが実態である。大量の飢餓発生阻止のための緊急人道援助を、日本政府が拒むべき理由とはならない。また、日本人妻の里帰り問題はいま新たに浮上したものではない。この点に関しては、北朝鮮側は柔軟な態度を見せているようである。国交正常化交渉の再開こそ急務だ。密輸事件はささいな問題である。そこにあるのは、何が何でも援助を阻止しようという排除の論理、拒否の思想以外の何物でもない。

 このほか、わが国の政治家や一部の識者が指摘するのは、C援助物資が軍隊の備蓄にまわされ、困窮する人民の口には運ばれず、北の軍事的脅威を高める結果になるD閉鎖的で高圧的な金正日独裁体制の延命と強化にのみ役立ち、北の体制の民主化と朝鮮半島の平和と安定にはつながらないEさらに、現在の食糧危機は単なる天災ではなく、人災であり、社会主義農業政策の失敗である。体制変革、つまり金正日政権打倒を実現するものにあらざれば援助は無意味である、というものだ。

 いずれも緊急人道援助というものの本質を理解せず、北朝鮮敵視政策を扇動しようとする者の独断と偏見に満ちた「反朝鮮キャンペーン」だ。三十六年間の朝鮮半島植民地支配にしょく罪意識のかけらも持たぬ朝鮮民族べっ視に通じる感情がそこにある。

 Cは、韓国が当初、日本の「頭越しの」援助をけん制するにあたってろうした論理で、日本国内では今なお得々とこれを説く者が少なくないが、韓国自身がこれまで一千万ドル以上を拠出し、さらに赤十字を通じて穀物五万トンを搬送することで合意したほか、民間団体も支援に立ち上がっている事実をどう説明するつもりだろうか。

 体制の異なる北朝鮮では、軍隊が物資の運搬もし、兵士が田植えもする。わたしが昨年八月、二年目の水害直後に訪朝したときも、兵士らが必死で被災地の復旧作業に従事していた。軍隊が百十万人いるからといって、それをそのまま脅威として受け止めるべきではなく、南北の軍事的脅威を軽減するための平和保障措置こそ、外交目標でなければなるまい。日本政府は、そのためにいかなる努力をしてきたというのだろうか。

 DとEは同根で、無知ないし偏見の産物だ。金正日政権は確かに「生き残り」に必死だが、世界を敵にして社会主義の孤塁を守れると思うほど愚かではない。当面は対米関係を手がかりに立場の強化に努め、来たるべき韓国の新大統領を相手に、対等の立場で南北対話の復活にかけていると見て間違いない。「北朝鮮は駆け引き上手で、手ごわかったが、信頼できる交渉相手だ。約束はきちんと守る」とは、朝米ジュネーブ合意をまとめあげたガルーチ米代表の言葉である。

 来年は「四者協議」も進展し、南北和解の年になるだろう。そのとき、日本だけがカヤの外におかれているのに気づいて、あわてても遅いことを知るべきだ。

 (日朝国交正常化交渉促進国民フォーラム世話人、朝鮮問題懇話会世話人、北朝鮮援助民間団体「AFM」常任幹事)